2011年6月1日水曜日

中華料理店の女主人

私の留学していたアメリカの小さな町に1件の中華料理屋があった。
学校からわりと近い上に、ここのワンタン入り中国風ラーメンは3ドル95セントと財布にやさしい値段だったので、ラーメンが食べたくなると良く行っていた。

しかし、この店の中国人の女主人は結構怖かった。いつも忙しそうで、ぶっきらぼうな物言いで、私が店に入ると、必ず座る席を指定する。他の席に座ってみても「こっちの方がいい。」と強引に移動させられる。それは窓際の席だったので、私はきっと、店にお客がいるのを通りがかりの人に見せたいのだな、と思っていた。この女主人さえ気にしなければラーメンはおいしいので、私はめげずに食べに行き、いつも窓際の席に座らされていた。

そんなある冬、この町が10数年ぶりの大雪に見舞われた。学校が1週間休校になり、私は雪かきに明け暮れた。私は雪国の出身で、こどもの頃にイヤというほど雪かきを手伝わされたのに、温暖なこの町に来てまで雪かきをする羽目になるとは、何とも納得がいかなかった。ようやく雪が止んだ2日目、3時間ほど雪かきをすると、またあのワンタン入りラーメンが食べたくなった。

こんな日に営業しているだろうか?と思いつつ、とりあえずは行ってみることにした。
店に着くと、従業員らしい人が店の前で雪かきをしていた。店は開いていたので覗いてみると、さすがに店にお客はいなく、例の女主人が珍しく暇そうに、私の指定席である窓際の席にぼんやりと座っていた。今日は営業していますか、と尋ねると、自分たちは近くに住んでいるので毎日雪かきに来て店を開けている、と言った。そして、その席から立ち上がり、私に座るように勧めた。私はすこし遠慮して、でもあなたがそこに座っているのなら…、と言うと、いいや、私はただ少しばかり手の空いた時に、この席に座って、外の景色や行き交う人々をぼんやりと眺めるのが好きなのさ、と言った。

その瞬間、私はそうか、そういうことだったんだ、とようやく気がついた。この人の物言いや振る舞いがあまりにそっけなくて分からなかったけれど、この人は、これまでずっと、自分の一番お気に入りの席を勧めてくれていたんだ

そこに座って眺めると、雪化粧のせいもあって、外がいつもより数段まぶしく感じられた。

0 件のコメント:

コメントを投稿