2013年8月25日日曜日

電話番号案内

 
僕がまだ小さかった頃、父は近所で一番最初くらいに電話を付けた。
 
壁に備え付けられた、ピカピカの古い電話をよく覚えている。その横には、光沢のある
受話器が掛かっていた。僕はまだ小さくて電話には届かなかったが、母親がそれで話をする時には、いつも興味津々で聞き入っていた。

まもなく僕は、この素晴らしい装置の中にものすごい人が住んでいることを発見した。
彼女の名は「電話番号案内」と言い、知らないことは何一つなかった。
電話番号案内は、誰の電話番号でも知っていて、いつも正しい時刻を教えてくれた。

僕とこのアラジンの魔法のランプのような電話番号案内の、最初の個人的な関わりは、ある日、母親が近所に出かけている時に起こった。
 
地下室の作業台で遊んでいるうちに、過ってハンマーで指を叩いてしまったのだ。痛みがひどかったものの、同情してくれる人もいないので、泣いたところで仕方がなかった。

ズキズキする指をくわえて歩き回り、階段にたどり着いた。電話だ!
 
僕は居間にある足載せ台(座っている時に足を乗せる台)を急いで引っ張ってきて、踏み台にした。そこによじ登り、受話器を外して耳に当て、「電話番号案内お願いします」と頭の上の送話口に向かって言った。

「電話番号案内です」カチッという音がしてから、小さなハッキリした声が耳に届いた。

「指に怪我しちゃった。痛いよぅ」
僕は電話口に泣き声で訴えた。聞いてくれる人がいると思うと、涙がどっと溢れてきた。

「お母さんは家にいないの?」その声が質問した。
「僕しかいない」僕は泣きじゃくりながら答えた。

「血は出てる?」
「出てない。ハンマーで指を叩いちゃったからズキズキする」

「冷凍庫を開けることはできる?」
「うん、できる」
「それなら、小さい氷を、指にあてるといいわ」

それからというもの、僕は電話番号案内に何でも聞くようになった。地理の宿題についても質問し、フィラデルフィアがどこにあるか教えてもらった。算数も教えてもらった。公園で捕まえたシマリスが果物と木の実を食べることも教えてもらった。

また、こんなこともあった。我が家のペット、カナリアのピティが死んでしまった。僕は電話番号案内に電話し、その悲しい知らせを告げた。彼女は耳を傾け、大人が普通に子供を慰めるようなセリフを言った。
 
でも僕は慰められなかった。

「鳥はきれいな声で歌って、みんなを喜ばせるのに、なんで最後は羽のかたまりになって、鳥かごの底でひっくり返って死んじゃうの?」

彼女は僕の深い悲しみを感じたに違いない。
「ポール、きっと別の世界で歌っているのよ」と静かに言った。僕の気分はいくらか落ち着いた。

また別の日に、電話口で「電話番号案内お願いします」と告げた。今ではすっかりお馴染みになった声が「電話番号案内です」と答えたので、僕は「『修理』ってどう書くの?」と聞いた。

これは太平洋側にある、ある小さな北西の町で起こった出来事だ。

でも僕が9歳の時、僕達は遠くボストンまで引っ越してしまった。僕は友達を失ってしまいとても悲しかった。
 
電話番号案内は、昔の家にあったあの古い木製の電話ボックスと一体で、なぜか、新しい家の廊下のテーブルにある、背の高いピカピカの新しい電話を試してみようとは全く思わなかった。

10代になっても、子供のころの、あの会話を忘れてしまうことはなかった。困った時や迷った時には、あの時感じた静かな安心感を思い出した。
 
今では、小さな男の子を相手に、彼女はどんなに辛抱強く、思いやりがあって、親切だったのだろうと感謝している。

数年後、西側の大学に行く途中で、飛行機がシアトルに着陸した。次の乗り換えまで30分ほど時間があり、今ではそこに住んでいる姉と15分ほど電話で話をした。
 
それから何をしているかよく考えもせず、生まれ故郷のオペレータの番号をダイヤルし、「電話番号案内お願いします」と告げた。

「電話番号案内です」
奇跡的に、あのよく知っている、小さなハッキリした声を聞いた。
 
「『修理』ってどう書くの?」
別にそうしようと思っていたわけではなかったが、思わず口走っていた。

しばしの沈黙があった。それからやさしい声が、「あなたの指はもう治ったみたいね」と答えた。

「本当にまだあなたがやっているんですね」僕は笑った。「あの頃、僕にとってあなたがどれ位ありがたかったか、ご想像もつかないでしょう」

「あなたの方こそ、あの電話が私にとってどれ位ありがたかったか想像もつかないでしょう。私は子供に恵まれなかったので、いつも楽しみにしていたのよ」

僕は彼女に、ここ何年も彼女のことをよく思い出していたと告げ、姉を訪ねてくる時には、また電話してよいか尋ねた。

「是非そうしてちょうだい。サリーと言えば分かるわ」

3か月後、僕はシアトルに戻った。電話番号案内には違う声が応えたので、僕はサリーをお願いした。

「あなた、お友達?」
「はい、ずっと昔からの」
「それなら、お教えするわ。サリーはここ数か月パートタイムで働いていたの。彼女病気だったのよ。5週間前に亡くなったわ」
 
僕が電話を切ろうとすると、その声は慌てて言った。

「待って、あなたポールって言ったわよね?」
「はい」

「サリーがあなたにメッセージを残しているわ。ここに書いてあるから、今読むわ。『彼にこう言って。別の世界で歌っているわ。それで分かるから』」

僕は電話口にお礼を言って切った。もちろんサリーの言っている意味が分かった。


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