2011年9月19日月曜日

感謝の授業

ある学業優秀な若者が、大企業の役職に応募した。
若者は面接を通過し、取締役が最終面接を行った。
取締役は履歴書を見て、若者の学業成績が高校から大学院の研究に至るまでずっと優秀で、そうでなかった年は一度もないことを確認した。

「君は、奨学金か何かもらったのですか?」取締役はたずねた。
「いいえ」若者はこたえた。
「では、君のお父さんが学費を払ってくれたのですか?」
「父は僕が1歳のときになくなりました。母が学費を払ってくれたのです。」
「君のお母さんは何をして働いているのですか?」
「洗濯屋として働いています。」
「では、君の手を見せてもらえるかな?」
若者はなめらかな両手を広げた。
「君はお母さんの洗濯を手伝ったことがありますか?」
「いいえ、ありません。母はいつも僕に、勉強してたくさん本を読んでもらいたいと言っていました。それに母は僕より早く洗濯物を洗うことができます。」
「君にひとつお願いがあるのだが、今日家に帰ったらお母さんの手を洗ってあげなさい。そしてあすの朝、またここで会うことにしよう。」

面接後、若者はあともう一息でこの仕事が手に入りそうだと感じた。そこで家に帰ると、喜んで母親の手を洗いたいと申し出た。母親は変な気分だった。息子の申し出はうれしかったが、とまどいを感じながらも両手を差しだした。

若者は、ゆっくりと母親の手を洗った。洗ううちに涙がこぼれてきた。生まれてはじめて、母親の手がもうこんなにしわだらけで、なま傷が絶えないのだと気がついた。いくつかの傷はとても痛々しく、水で洗うと、母親は痛さに身をふるわせた。

若者は、生まれてはじめて、毎日のように洗濯物を洗うこの両手のおかげで学費を払うことができたのだと悟った。母親の両手の傷は、自分が優秀な成績で卒業し、明るい未来を手にするための代償だったのだ。母親の手を洗ったあと、若者は残っていた洗濯物を何もいわずに洗った。その夜、母親と息子は長いあいだ話し合った。

翌日、若者は役員室にでかけた。
取締役は、若者の目に涙が光っているのに気づいた。
「昨日どうしたのか話してもらえますか?」
「母親の手を洗いました。それから残りの洗濯物をすべて洗いました。」
「どういう気分だった?」
「ようやく、感謝ということを学びました。母親なしでは、僕は優秀な学業を修めることはできなかったのです。母親を手伝いながら、ようやく何かをやり遂げるということがいかに難しくて大変なのかがわかりました。家族のきずなの大切さとその価値の重さに感謝するようになりました。」
「そうか、それこそこの仕事に求めているものだったんだよ。私は他人がやる仕事にちゃんと感謝できて、その大変さを分かってあげられて、お金だけを人生の目的にはしないような人が欲しかったんだ。君を雇うことにしよう。」

その後、若者は一生懸命はたらき、部下から尊敬されるようになった。チーム一丸(いちがん)となって懸命にはたらき、会社の業績はすばらしく向上した。

~ ~ ~

いつも守られ、なんでも与えられているこどもというのは、いわゆる「特権意識」を持つようになり、常に自分を優先するようになる。両親の苦労には気づかない。仕事につくと、みなが自分の意見に従うべきだと考え、役職につくと、部下の苦労には気づかず、いつも自分以外の他人を責める。

こういった人間は、学業成績が優秀でしばらくはうまく行ったとしても、そのうち達成感を感じられなくなる。不満と憎しみだらけでもっとたくさん争って手に入れようとする。もし今、自分がこういった過保護な親なら、こどもに愛情を注いでいるのではなく、こどもを台無しにしているのではないだろうか。

大きな家に住まわせ、おいしい食事をあたえ、ピアノを習わせ、大画面のテレビを与えても、草刈などの家の手伝いはやらせよう。

たとえば食事のあとは、きょうだい全員で皿を洗わせてみよう。お手伝いを雇うお金がないからではなく、いくらお金持ちの両親でも、いつかは例の若者の母親のように年を取り、いつまでもめんどうはみられないということをわからせるためだ。

一番大切なのは、こどもたちが、苦労に感謝し、困難に立ち向かい、他人と協力してものごとをやりとげる方法を学ぶことだ。

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2011年8月15日月曜日

泣き言をお許しください

今日バスで金髪の少女を見かけた。
とても明るい感じの少女が羨ましかった。
あれくらい色が白ければいいのに、と思った。
その時突然少女はバスを降りようと立ち上がった。
少女が足を引きずりながら通路を歩くのが見えた。
片足しかなく、杖をついていた。
それでも横を通り過ぎるときに、ニッコリと微笑んだ。

神様、どうか私の泣き言をお許しください。
私には両足があります。私はとても恵まれています。

飴を買おうと売店に立ち寄った。
売り場の青年はとても魅力的だった。
青年と立ち話をしたが、とても嬉しそうだった。
少しくらい遅れてもどうって事はないだろうと思えた。
立ち去る際に、青年は、
「ご親切にしていただき、どうもありがとうございます。
あなたのような方と話をするのは楽しいです。
私はこの通り目が見えないもので」と言った。

神様、どうか私の泣き言をお許しください。
私は両目が見えます。私はとても恵まれています。

その後、通りを歩いていると青い目の子どもが目に入った。
その子は他の子が遊んでいるのを眺めていた。
一緒に遊びたいのにどうしたら良いか分からない、という感じだった。
私は一瞬立ち止まって、それから言った。
「ほら、仲間に入れてもらえばいいのに。」
その子はじっと前を見つめたままだった。
ようやく、この子は耳が聞こえないんだと気がついた。

神様、どうか私の泣き言をお許しください。
私は両耳が聞こえます。私はとても恵まれています。
私には、行きたい所に運んでくれる足があり
輝く夕日を見つめる目があり
知りたいことが聞こえる耳を持っています。

神様、どうか私の泣き言をお許しください。
私は本当に恵まれています。世の中はすべて私次第です。

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女性の美徳

女性を創造したとき、神様は第6日目の夜おそくに作業を行っていた。
天使が立ちよって、「なんで、そんなに時間をかけるのですか?」とたずねた。

神様は次のようにこたえた。
「女性を創るのに必要なスペックを全部見たかね?
洗えるがプラスチック製ではなくて、200以上の動くパーツがすべて交換可能で、
どんな食事でも機能できて、こどもを一度に数人かかえられて、
ひざ小僧のケガから傷ついた心までなんでも癒してしまうハグ(抱擁)ができる、
しかもこういったことすべてを2本の手だけで行わなければならないのだよ!」

天使は感心した。
「たった2本の手で?それはムリでしょう!
これが標準的なデザインですか?
1日の作業にしては多すぎますよ。
あした完成させればいいじゃないですか。」

「いいや、そうはいかない。」神様はいった。
「もうほぼ完成しそうなんだよ。きっと私の大のお気に入りになるだろう。
具合が悪ければ、自分で治せるし、118時間うごけるんだ。」

天使は近づいて女性にさわってみた。
「えっ、でも神様、ずいぶん柔らかいじゃないですか!」

「そう、柔らかいんだ。」神様はいった。
「でも強くもある。君にはきっと、女性がどれだけ多くのことに耐えて克服できるか、想像もつかないだろう。」

「考えることはできるのですか?」天使はたずねた。

「自分で考えられるだけでなく、物事を判断したり、交渉したりもできるよ。」
神様はこたえた。

天使は女性のほおに触れてみた。
「神様!なにか漏れているみたいですよ!負担のかけすぎじゃないですか?」

「漏れているんじゃないよ、それは涙というんだ。」神様は天使の言葉を訂正した。

「何のためにあるのですか?」天使がたずねた。

「涙は、彼女の悲しみや疑い、愛や孤独、苦悩や誇りなど、すべてを表現する手段なんだよ。」神様はいった。

これに天使はたいへん感激した。
「神様!あなたは天才ですね。何もかも考えられたのですね。
女性はほんとうにすばらしいです!」

「本当にそのとおり。女性は男性を驚かせる強さをもっている。
彼女はトラブルを処理し、重い負担にも耐えられる。
女性は幸福、愛、信念をもちあわせている。
女性は叫びだしたいときにほほえみ、泣きたいときに歌い、幸せなときに泣き、
怖がっているときに笑うんだ。
彼女は信じるもののために戦い、不正に立ちむかう。
よい解決策があると思えば、「できない」という返事は受けつけない。
家族の成功のためにがんばる。
心配なら友人を医者につれていく。
女性の愛は無条件なんだ。
そして、わが子の勝利に泣き、友人の成功に幸せを感じ、出産や結婚の話によろこぶ。
家族や友人が死ぬと心をいためるが、それでもくじけずに人生を生きていく強さをもっている。彼女はキスとハグ(抱擁)で傷ついた心を癒せると知っている。」

だが、神様は最後にこう付け加えた。
「でもたったひとつ悪いところがある。女性はそういった自分の価値を忘れてしまうんだよ!」

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天秤を傾ける


91歳の女性が長く凛とした人生を送って亡くなった。神様と出会うと、女性は長い間気になっていたことを尋ねた。「もし人間が神の形になぞらえて創造され、みな平等に創られたなら、どうしてお互いをあんなに粗末にあつかうのでしょう?」

神様は、「人生に登場する人々というのはそれぞれ、おもしろいことを教えてくれるのだよ。そして、こうした教えによってのみ、私たちは人生や人間、神との関係について学ぶのだよ。」と答えた。神様の答えに女性は混乱した。そこで神様は次のように説明した。

「誰かがウソをついたときは、物事はいつも見かけ通りとは限らないということを教えられる、真実というのはたいてい表面よりもずっと奥深いところにある。もし人々の心の中を知りたければ、彼らが付けているマスクの奥を見ることだ。そして本当の自分を知ってもらうためには、自らのマスクをはずすことだ。」

「誰かに物を盗まれたときは、永久に存在する物はないということを教えられる。常に今ある物に感謝しなさい。いつ失うか分からないのだから。友達や家族がいるのは決して当然だと思わないように。今日、いや、たった今この瞬間しか、いるという保障はないのかもしれないのだよ。」

「誰かにケガをさせられたときは、人間というのはとてももろい存在だと教えられる。できるだけ自分の体を守り大切にしなさい。自分の体だけが、唯一いつまでも自分が持ち続けられるものなのだから。」

「誰かにあざけられたときは、同じ人間は二人といないということを教えられる。自分と違う人々に出会ったときは、外見や行動で判断してはいけない。そうではなく、心の中身で判断しなさい。」

「誰かにハートを傷つけられたときは、誰かを愛しても、相手も同じように自分を愛してくれるわけではないということを教えられる。だからといって愛に背を向けてはならない。なぜならピッタリの相手を見つけたときには、その喜びは過去の傷を全て癒し、さらにその1,000倍くらいの喜びとなるからだ。」

「誰かに恨まれたときは、誰もみな間違いを犯すということを教えられる。不当な扱いを受けたときにできる最も立派な行いは、不当な扱いを行った者を心から許すことだ。自分を傷つけた人を許すというのは、人生の経験で、最も難しく痛みを伴うものだ。だが、人として最も勇気のある行いでもある。」

「愛する人が不誠実をはたらいたとき、誘惑に打ち勝つということは人間の最大のチャレンジだと教えられる。あらゆる誘惑に負けないよう用心なさい。そうすることで、誘惑に負けて得られる一時的な喜びよりもずっと大きな満足感が永続的に得られるだろう。」

「誰かにだまされた時は、貪欲さが全ての悪の根源だと教えられる。どんなに大きな夢であっても、その実現を目指しなさい。成功に罪悪感を持つことはない。ただ、目標達成に執着するあまり、よこしまな事に関わってはならない。」

「誰かにバカにされた時は、完璧な人間などいないということを教えられる。人の良いところを認め、欠点には寛容でありなさい。本人すらどうすることもできない欠点のせいで人を拒絶するようなことがあってはならない。」

神様の英知を伺った女性は、人の良い行いから学ぶことは何もないのだろうかと気になり、尋ねた。神様は、「愛する力というのは人間が持つ最も偉大な才能なのだ。思いやりと愛の根底にあるものや、ひとつひとつの愛に基づいた行いも教訓となる。」と答えた。
女性の好奇心が膨らんだ。神様は再び説明し始めた。

「人が誰かを愛するとき、愛、思いやり、慈善、誠実、謙遜、許し、承認といった類の事が、この世のすべての悪に対抗できるということを教えられる。ひとつの善行に対し、ひとつの悪行がある。人間だけが善悪のバランスをコントロールする力を持つ。でも愛について学ぶ機会があまり無いので、この力は悪用されがちだ。」

「誰かの人生に関わったら、それが計画的であれ、偶然であれ、何を教えることができるか考えなさい。愛について教えるか、それとも現実の辛さについて教えるか。死ぬときになって、あなたの人生は愛と痛みのどちらが多い結果となるだろう?快楽と苦痛のどちらが多いだろう?喜びと悲しみのどちらが多いだろうか?一人ひとりが愛の方向にこの世のバランスを傾ける力を持っている。だからその力を賢く使いなさい。」

私たちは、この世のバランスを、正しい方向へ傾ける機会を逃してはならない!

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2011年8月14日日曜日

人生はコーヒー


卒業生たちが昔の大学の教授を訪問するために集まった。彼らはみな仕事でかなりの地位を築いていたが、話はすぐに仕事や生活のストレスへの愚痴になった。

教授は、卒業生にコーヒーを出すため、キッチンに行ってコーヒーの入った大きなポットとカップを持ってきた。コーヒーカップは、陶器、プラスチック、ガラス、クリスタル、シンプルなもの、高価なもの、上品なものなどいろいろあった。教授は卒業生に自由にコーヒーを飲むようすすめた。

全員がコーヒーカップを手にしたとき、教授は次のように言った。

「皆さんお気づきでしょうか。見栄えのする高価なカップはすべて無くなっていて、何の変哲もない安いカップだけが残っています。もちろん、最高のものを望むのはごく自然なことですが、それがいろいろな問題やストレスの原因にもなっています。

どうか、カップそのものはコーヒーの質に何の影響も与えないということを思い出してください。大抵の場合、ただ値段が高いというだけですし、時には何を飲んでいるのか分からなくしてしまいます。
飲み物がすっかりそっちのけになってしまいます。

皆さんが本当に欲しかったのは、カップではなくコーヒーだったはずなのに、良いカップに飛びついて、他の人のカップと比べたりしていました。

ですから、次のように考えてみてください。人生はコーヒーです。仕事やお金、社会的地位はコーヒーカップです。つまり、そういったものはただの受け皿で、持っているカップが、コーヒーの質を決めたり変えたりするわけではありません。

時々私たちは、コーヒーカップにばかり気を取られて、神様がせっかく与えてくださったコーヒー、つまり人生を楽しめないでいるのですよ。」

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2011年7月11日月曜日

美しいティーカップ


ある日、一組の夫婦が結婚25周年記念の買い物をしていて、美しいティーカップを発見した。夫婦は、「それを見せてもらってもいいですか?こんなにステキなティーカップは見たことがない!」と言った。店員が手渡そうとすると、ティーカップが突然しゃべりだした。

「あんたたちには分かってない!私はずっとティーカップだったわけじゃないんだ。むかしは赤い土だったこともあるんだ。師匠が私をもち帰って、何度もたたいてのばしたんだ。『もうほっといてくれ!』って叫んだのに、ただ笑って、『まだ、だめだ』と言ったんだ。」

「それから、ロクロに乗せられて、いきなり何度もぐるぐる回されたんだ。『やめろ、目がまわる!』って叫んだよ。でも師匠はただうなずいて、『まだ、だめだ』と言ったんだ。」

「それから、窯に入れられた。こんなに熱いと思ったことはなかったね!なんで私を燃やしてしまいたいのか分からなくて、扉をたたいて大声で叫んだよ。師匠がすき間からのぞくのが見えけど、首を横にふりながら、『まだ、だめだ』と口を動かしたんだ。」

やっと扉が開いて、私を棚に置いたので、ちょっと涼しくなった。『やれやれ、やっとマシになった!』と言ったのもつかの間、それからブラシをかけられ、全身に絵の具をぬられたんだ。そのにおいのひどかったこと!窒息するかと思ったよ。『やめてくれ!やめてくれ!』って叫んだよ。でも師匠は、『まだ、だめだ』と言ってうなずいただけだった。

それから、いきなり窯にもどされたんだ。これが最初の時よりひどかった。前回の2倍も熱くて、ぜったい窒息すると思ったね。やめるように頼んでみたり、悲鳴をあげてみたり、泣きついたりしてみたよ。でもうなずきながら、『まだ、だめだ』と言っているのが、すき間からみえた。

もう望みはないと分かった。絶対に耐えられない。もうあきらめようと思った。でも扉がひらいて、師匠が私を取りだして、棚においた。1時間後に、師匠は私に鏡を渡して、『見てごらん。』と言った。私は鏡を見てビックリした。『これは私じゃない!ありえない!こんなに美しいなんて。私は美しいんだ!』

それから師匠は、『君にこれから言うことを覚えておいて欲しい』と言ったんだ。

『君が、たたいてのばされて痛がっていたのは知っていたが、放っておいたら、すっかり乾いてしまっただろう。ろくろで目が回ったのも知っているが、もしやめたら、崩れてしまっただろう。窯の中が痛くて熱くて耐えられないのも分かっているが、窯に入れなければ、割れてしまっただろう。ブラシにかけて絵付けをした時の匂いもひどかったのは知っているが、そうしなければ丈夫にならなかっただろう。それに、君の人生には色がなくなってしまっただろう。そして窯にもう一度もどさなかったら、君はあまり丈夫にはならず、この先、長持ちしないだろう。でも今や君は完成品だ。君は私が最初に思っていたとおりになったよ!』」

この話の教訓
神様はどうすれば良いか分かっている。(私たち全てについて)
神様は陶芸家で、私たちは土だ。
神様は私たちを思い通りに形造る。
欠陥のない作品に仕上がるように。
神の善なる喜びに満ちた完全な意思を遂行するために。

(コリント人への手紙第1 10:13
あなた方には、人間なら誰にでも起こりえるような試練以外は起こっていない。
神様は誠実なお方だ。だからあなた方が耐えられないような試練はお与えにならない。

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うわさ話

ある女が隣人のちょっとしたうわさ話をした。数日のうちにその話は近所中に知れ渡った。うわさを立てられた隣人は深く傷ついた。しかし後に、女は、そのうわさが全くのデマだったと知った。女はひどく後悔し、賢者を訪ねて、隣人の名誉を回復するためにはどうすればよいかを尋ねた。

賢者は、「市場に行ってにわとりを買い、その場で絞めてもらうのじゃ。そして家に帰る途中、羽をむしって1枚ずつ道に落とすのじゃ」と告げた。
賢者の言葉に驚いたものの、女は言われた通りにした。

翌日賢者は、「では、昨日落とした羽を全て拾い、私の所に持って来るのじゃ。」と女に告げた。

女は昨日と同じ道をたどったが、羽はすべて風に吹き飛ばされてしまっていたので、うろたえた。何時間も探した後、ようやく3枚を手にして戻った。それを見て賢者は言った。「ほら見よ、落とすのは簡単じゃが、取り戻すのは不可能なのじゃ。うわさ話も同じじゃよ。うわさを広めるのはあっという間じゃ。でも後から何も無かったことにするなど出来っこないのじゃよ!」

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