2013年11月9日土曜日

私は目が見えません


目の不自由な少年が、ビルの階段に座り、その足元に帽子を置いていた。少年は、
『私は目が見えません、ご協力をお願いします。』
と、書かれた立て札を持っていた。しかし、帽子には小銭が少ししか入っていなかった。

そこに男が通りかかった。男はポケットから小銭をいくらか取り出し、帽子の中に入れた。それからその立て札を取り、ひっくり返してある言葉を書いた。そしてその立て札を元に戻し、通りがかりの人々にはみな、その新しい言葉が見えるようにした。

まもなく帽子はいっぱいになり始めた。以前よりもずっと多くの人々がその目の不自由な少年にお金を寄付していた。
 
その日の午後、立て札の言葉を変えた男が、様子を見にやってきた。少年はその男の足音に気付き、尋ねた。

「今朝、わたしの立て札を書き変えたのは、あなたですか?何て書いたのですか?」

「事実をそのまま書いただけだよ。君が書いていたのと同じことを、ちょっと違うやり方でね」
男は答えた。

男が書いた言葉は次の通り。
『今日はとてもよい天気ですね、でも僕は見ることができません。』

果たして、最初の立て札と2番目の立て札は、同じことを言っているのだろうか。

もちろん、どちらの立て札も、この少年は目が不自由なことを伝えている。しかし、最初の立て札は、単に、この少年は目が見えないと言っているのに対し、2番目の立て札は、見た人に、あなたは目が不自由ではなくて何て幸せなんでしょう、と伝えている。

2番目の立て札の方が、効果的だったことに驚くべきだろうか。

教訓

自分の持っているものに感謝しよう。想像力を働かせよう。斬新になろう。視点を変えて、肯定的に考えよう。

人生に言い訳なし、愛に後悔なし。

人生で泣きたい理由が百あれば、笑顔の理由は千もあると示そう。

過去に後悔なし。自信をもって今を過ごし、恐れることなく未来に備えよう。信念をつらぬき、心配するのはやめよう。

偉人は次のように言った。

「人生は、絶え間ない修復と再構築のプロセス、悪い部分を取り除き、良い部分を伸ばしてゆくプロセスでなければならない。一生涯、何も恐れることなく進みたいのなら、良心という切符を手にしなければならない」

人の笑顔を見るのは、最高だ。しかしそれよりももっと凄いのは、その笑顔の理由は自分だと知っていることだ。

 
オリジナルへのリンク↓
http://peacefrompieces.blogspot.com/2011/01/i-am-blind.html